副業の間借りカレーが人気沸騰!公私ともに充実した34歳会社員の成功例
居酒屋やバーの店舗を昼間などに借りてカレー店営業する「間借りカレー」。近年人気の形態ですが、そんな間借りカレーと会社員を両立させることで人生が好転した会社員がいます。アパレル商社勤務の杉本翔さん(34)です。
翔さんが手がける「Sho Curry」は不定期の間借り営業ながら今や食べログで高得点をあげ、テレビをはじめメディアでも取り上げられています。フルタイムの本業がありながら、どうやって副業を充実させているのでしょう。ある日の間借りカレー営業に密着し、その秘密に迫りました。
34歳 男性 東京都
間借りカレー歴4年
アパレル系商社に務めながら2015年に間借りカレーの副業を開始。SNSで発信を重ねるうちに徐々に話題となり、今では予約で完売するほどの人気に。現在、月2回の間借りカレー営業と月1回のカレー教室の開催をレギュラーで行う。
間借りカレーを始めた経緯
翔さんがカレーに目覚めたのは、大阪に勤務していた6年ほど前のことでした。それまで特にカレー好きというわけではありませんでしたが、あるバーで食べたカレーに衝撃を受けます。
「普段よく食べるカレーとは違う、こんなスパイスが効いていて美味しいカレーがあるのか」
それはルウを使わずに、スパイスから作る本格カレーでした。以降、翔さんはこうしたカレーに魅せられ、さまざまなお店を食べ歩くようになります。そして自分でも作り始め、会社の寮の仲間たちにオリジナルのカレーをふるまうようになりました。
2014年、東京赴任となった翔さんは、大学時代にアルバイトしていた高田馬場のエスニック料理店に頼み込み、自分のカレーを毎週土曜日に限定メニューとして出し始めます。
翔さんは無償でキッチンに入ってお酒を作り、カレーの売上はすべてお店に渡す、そしてカレーの材料費は翔さん持ちという条件でした。しかし、ここで強烈な洗礼が待っていました。
「自分では美味しいと思っていましたが、実際は美味しくなかったようで、はじめはほとんど売れませんでした。その結果、お店の人に勝手に化学調味料を加えられてしまうことも‥‥。
またある時、伯母が食べに来てくれたのですが、大勢の前でこう罵倒されました。『他の料理は美味しいのに、お前のカレーだけまずい!こんなの出していたらお店のリスクだ!』と‥‥。めちゃくちゃ悔しかったですね」
ただ、翔さんはめげずにカレー提供を続け、次第に注文が入り出します。そのうちカレーに予約が入るようになり、お店からも「今日は予約入ってないの?」と頼りにされるようになります。
「会社員とは違い、その場で面と向かって『美味しかった』『ありがとう』と言ってもらえるのが楽しくて、カレー作りに傾倒していきました」
その後、翔さんの間借りカレー活動は飛躍の時を迎えるのでした。
副業をどう軌道に乗せたのか?
しばらくして翔さんは、学生時代からの知り合いのつてで、高円寺の立ち呑みバーを昼間に借り受け、自分で月1回の間借りカレー営業をスタート。
最初の高田馬場にあるエスニック料理店は閉店してしまいましたが、たまたま入った渋谷のバーや、高田馬場の居酒屋で店主と意気投合し、それらの店でも間借りカレーを開始。こうして翔さんはお店をいくつか変えながら、月2回ほどの間借りカレー副業を続けていきます。
そして翔さんはこうしたカレー活動を「Sho Curry」とネーミングし、Instagramやフェイスブックなどで発信していきました。
こうした活動の甲斐あって、Sho Curryのお客は着々と増えていき、テレビなどのメディアでも取り上げられるようになります。また間借り営業だけでなく、他の作り手とのコラボイベントや、カレー教室、イベントでのカレー提供なども積極的に行っていき、知名度を高めていきました。
現在は高田馬場の創作料理屋「酒Dining やえ」と、高円寺の日本酒バー「SUB ROSA」でのそれぞれ月1回の間借り営業に加え、知り合いのバングラデシュ人と月1回開催するベンガル料理教室の3つを毎月開催。それに加えて他のカレー関連イベントも月に数回行っています。
今や酒Dining やえでの営業は、間借りカレーながら食べログで3.48点という高評価を記録しています(2019年4月現在)。また、NHKの番組『所さん!大変ですよ「カレーに人生が救われる!?絶品カレーが続々登場」』にも出演(2019年4月25日)。招待を受け参加したある野外イベントでは、なんと1日に250食も売り上げたといいます。
それにしても、翔さんはどうやってカレー作りの腕前を上げていったのでしょう?
「特に師匠がいたわけでも、料理教室に通ったわけでもなく、レシピ本を読んだり、他のカレー店に行った時に作り方を聞いたりし、独学で覚えていきました」
初期の頃に特に役立ったのが、こちらの「3スパイス&3ステップで作る はじめてのスパイスカレー」(水野仁輔)だったそうです。
また、ある時期から急に自分のカレーが美味しくなったと感じたことがあったそうです。その秘密は、塩と油の使い方にありました。
「それまではスパイスを効かせるためにスパイスを増量していましたが、それでも思うように香らず苦労していました。ところがある時に、塩と油を怖がらずにしっかり使うことで、スパイスが少量でもグッと引き立つことに気づいたんです。
かといって塩と油をただ多めに入れればいいという話ではなく、あくまで『適量』をしっかり入れる。その辺のあんばいは、数をこなしたからこそ見えたのかもしれません」
いよいよ次は、そんな翔さんの間借り副業への潜入レポートです。
潜入!間借りカレーの営業店
会社員として月曜から金曜までフルタイムで働く翔さん。Sho Curryの活動は、1週間の仕事を終えた金曜夜から始まります。
19時頃、翔さんが降り立ったのは新大久保でした。なぜ新大久保なのでしょう?
「エスニック系の食材屋さんがいろいろあり、食材からスパイスまでの買い出しをすべてこの街で完結できるからです。特に24時間営業の八百屋『新宿八百屋』が便利です。値段が安く、珍しい素材も置いています」
真夜中でも買えるうえに、値段が安い。
カレーにうってつけな皮むき玉ねぎも売っています。
また翔さんは、バングラデシュ人経営の「リンカーズハラルマート」でも、よくスパイスや肉・魚を買うそうです。
いくつか店をまわって食材を揃えたら、カレーの仕込みを開始します。
「昔は前日の仕込みでよく徹夜していました。今はだいぶ慣れたので、30人分を4時間ほどで仕込めます」
そして翌日の土曜日。翔さんは開店1時間前の朝10時半にお店にやってきて、間借り営業の準備を始めます。
この日の間借り先は、高田馬場の酒Dining やえ。駅前から伸びる商店街を入って数十メートル歩いたところに、飲食店が集う長屋のような場所があります。
そのほぼ最奥に、酒Dining やえがあります。
こちらがSho Curryののれん。ヒンディー語の「まずい」という文字が反転していて、まずいの反対=うまい、というトンチが利いています。
店内はカウンター7席とテーブル席が4席。
開店に合わせ、翔さんは料理の仕上げを行います。
「カレーは必ず当日に仕上げるようにしています。前日にすべて仕上げてしまうと、提供する時にスパイスの香りが飛んでしまうからです。また塩加減などの味も、直前で決めた方が確かです」
この日は友人のインド人シェフのビシュヌさんとのコラボイベントということで、2人の共同作業。通常は翔さん1人で行います。
赤い食材は福神漬けではなく、ビーツのピクルス。
慣れた手付きでメニューをサクサク書いていきます。
翔さんが本業でインド出張した際に買ってきたインドスナック。これもカレーに添えて出します。
そうこうしているうちに、開店時刻の11時半に。さっそくお客がやってきます。翔さんは作業しながらも、ちょくちょくお客さんと会話。コミュニケーションのとり方がとてもナチュラルで、肩肘の張らない独特のゆるい空気感がお店に流れます。
注文を受けてから仕上げ作業を始め、数分でカレーを提供。
この日のメニューはマトンカレーとシチュー風のチキンカレーをメインとした一皿。品数が豊富で、さまざまなバリエーションのスパイス料理が楽しめます。
調理は2人で分担。◎印が翔さん担当、★印がビシュヌさん担当
その後、続々とお客が入ってきて、開店から1時間ほどで満席に。
外で待つお客さんも出るほどの繁盛ぶり。
こうして閉店時刻の16時半まで翔さんは調理と接客を続け、30人前のカレーをみごと完売。
閉店し、後片付けをした後、翔さんとビシュヌさんは韓国料理屋さんにさっそうと打ち上げに行ったのでした。
初期投資と間借りカレーの営業収支
実際のところ、間借りカレーはどのくらい稼げるのでしょう? 初期投資額も含め、間借りカレー営業の収支を聞きました。
「初期投資に関しては、借りるお店次第になります。もしお店に調理器具が揃っていれば、特に買い揃える必要はありません。もしお店になければ、鍋やフライパンなどの調理道具、炊飯器、ガスコンロ、お皿などを必要に応じて買い揃えます。ゼロからすべて揃えると、5万円以上はかかるでしょう。
僕も最初は少人数用の鍋で作っていましたが、そのうち大人数用が必要になり、調理道具の問屋街・かっぱ橋で大きな寸胴なべを買いました。それと意外と重要なのがお皿です。今はインスタをはじめSNSでの見栄えが肝なので、できるだけ他店とかぶらないお皿が望ましいです。僕はインドの輸入食器を扱うアジアハンターで買いました」
さまざまな調理道具が揃うかっぱ橋。
多くのカレー店が利用する輸入食器専門店「アジアハンター」。
では、気になる間借りカレー営業の収支はいかほどでしょう?
「カレーの売上から、材料費やお店に払う場所代、交通費を引くと、1日の利益はだいたい1万~2万円ほどです。ただ、それも営業後の打ち上げと、疲労を癒すマッサージ代でほぼすべて消えてしまいます(笑)。もともと間借りカレーはお金が目的ではなく、心を満たすためにやっているので、利益額は気にしていません」
ちなみに、場所代はどれくらいでしょう?
「ありがたいことに、1回3000円でやらせていただいています。そのかわり、営業中に発生したお酒の売上はすべてお店に渡していますし、カレーがきっかけで夜の通常営業にも来てくださるお客さんがいます。自分もお客として夜飲みに行きます。反対に、夜のお客さんが間借りカレーに来てくださることもあります。
ここではもう2年近く間借りをさせていただいていますが、そんなふうに相互に高め合う関係性がないと、なかなか長くは間借りを続けられないと思います」
間借りカレーを続けるには、場所を貸すお店と「ウィン・ウィン」の関係になることが重要のようです。
間借り店舗を成功させる秘訣
では、Sho Curryのよう間借りカレー営業を繁盛させる秘訣は、どんなところにあるのでしょう?
「料理がちゃんと美味しいことが前提になりますが、一番大切なのは集客力です。それはすべての飲食店に通じることではありますが、特に間借りの場合は普段お店が営業していないスキマ時間にやるので、人を呼ぶ力がさらに必要となります」
そこで翔さんが活用しているのがSNSです。Instagramとフェイスブックを中心に、日々のカレー活動から、さまざまな食べ歩き・飲み歩きに関することまで、毎日のように記事を投稿しています。投稿は程よくブラックジョークも効いていて、翔さんの人間的魅力がよく表れた内容になっています。
小規模の飲食店営業は「人」にお客さまが付く面があるだけに、作り手の魅力をいかに発信するかが肝になります。加えて翔さんのように不定期で間借り営業をする場合、毎回営業日を告知する必要があります。それらをふまえると、もはや間借りカレーの副業は、SNSなしでは成り立たないとも言えるでしょう。
「幸い、僕はもともと文章を書くのが好きなこともあり、読者とのコミュニケーションを楽しみながら、SNSの発信や返信を日々やれています。自分で言うのはおこがましいですが、お茶を飲む感覚で僕という人間に会いに来てくれる人が多いのがSho Curryなのかなと思います」
そしてもう1つ大切なのが「続けること」です。
「お客さんの比率は約7割が常連さんで、残り3割が初めての方です。常連さんの中には、数年来のお客さんもいます。やっぱり続けるからこそ、お客さんのSNS投稿やクチコミで活動が知られていくし、メディアに取り上げられたりもします。そうやって少しずつお客さんが増えていった結果、今があるんだと思います。
そして副業を続けるには、苦しくないこと、楽しいことが肝心なのかなと。もともと本業が別にあるわけなので、副業が精神的な負担になってしまったら、まず続かないと思うんです」
間借り店舗のメリット・デメリット
最後に、間借りカレー副業のメリットとデメリットを聞きました。
翔さんが最大のメリットに挙げるのが、やはり「心の充足」の部分です。実は間借りカレーを始める前は、精神的につらい状態だったといいます。
「以前は本業のことが好きになれず、その反動なのか生活が相当やさぐれていました。週末は朝まで飲んでは吐き、翌日は夕方まで寝て、また夜飲んで‥‥という、本当にろくでもない日々でした。そんな中で始めた間借りカレーがとても楽しくて、救われた部分があります」
加えて、多くの人と出会えるのも間借りカレーの大きな魅力だといいます。
「他の作り手やカレーマニアなど、会社員をしているだけでは絶対に会えないような面白い人たちにたくさん出会ってきました。それによって世界がすごく広がったなと思います。日本人だけでなくインド人、ネパール人、バングラデシュ人、スリランカ人とも仲良くなりました。
おかげで周りから最近、人間が丸くなったとすごくよく言われます。前はもっと尖っていて毒々しかったけど、今はかなりとっつきやすくなったと。きっと幅広い方々と接する中で、人に対するキャパシティーが広がったんだと思います。『こういう人はムリ』というのがかなり少なくなりました」
では反対にデメリットはどんなところでしょう。
「肉体的な疲労です。やっぱり本業が終わって買い出しをして、仕込みをして、翌日また調理して立ちっ放しで接客するとなると、終わった後はかなりぐったりします。腰や脚がガッチガチになります。これを毎日やっているプロの飲食店の方は本当にすごいと思います。でも逆に、それ以外のデメリットは特に感じませんね」
そんな翔さんに、今後の展望を聞きました。カレー屋で独立というのは考えていないのでしょうか?
「今はおかげさまで本業も充実していて、本業と副業が相互にいい影響を及ぼし合っているのを実感しています。そもそも、独立してカレー屋だけでやっていける実力があるとは、まだ思っていません。
今はとにかくこのバランスが絶妙なので、続けようと思っています。そして5年、10年と経った時に、もしカレーの副業をまだ続けていたら、その時は独立してもいいかなと考えるかもしれませんね」
取材・文 / 田嶋章博